大橋巨泉さんの人生と功績、経歴を振り返ってみよう | エンタメ速報!ホントに本当?

大橋巨泉さんの人生と功績、経歴を振り返ってみよう

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2016年7月12日、入院先の病院で急性呼吸不全で亡くなりました。
テレビのニュース速報で報道され、すごい人だったんだなと改めて思いました。
何だかんだ言って司会者くらいしか知りませんでしたが、
いろんなことをしてらっしゃったようです。



大橋巨泉さんの人生と功績、経歴


1934年3月22日、東京生まれ。
本名は大橋克巳。
実家はカメラ屋さん
欽ちゃんの実家もカメラ屋さんだったので、
小さいころから欽ちゃんと交流があったそう。


・1943年〜
千葉県に疎開。
疎開先で見つけたジャズレコードを見つけアメリカへの憧れを抱く。
戦時中にジャズのレコードと出会うなんて運命的だなぁ、と思いました。

1947年
東京に戻る。
アメリカに行きたくて、英語の勉強をがんばる。

早稲田大学に入学するも苦手科目が必修で中退。
 のちに「早稲田を中退したタレントは大物になる」という伝説(?)を作ることとなる。
当時、流行っていたジャズなどのコンサートの司会をしていた。

マーサ三宅さん(ジャズボーカリスト)と結婚後、実家の家業を手伝うが、
「サラリーマンは無理」と思い、ジャズ喫茶に入り浸る。
もともと好きだったジャズの評論家をはじめ、放送作家、司会などで人気タレントとなる。

・1964年
2人の娘(大橋美加さん、チカ・シンガーさん)がいたがマーサ三宅さんと離婚。

・1969年
当時アイドルだった14歳年下の浅野順子さんと再婚。
浅野さんとの間には子どもはいない。
「11PM」
「クイズダービー」
「世界まるごとHOWマッチ」
などで司会を務めたり、
OKギフトショップ、競馬評論家、本を書いたり、
などいろいろな分野で活躍する。

・1990年ころ
50代半ばでセミリタイアする。

・2001年
民主党員として政界に進出。当選したものの、
当時の民主党代表だった鳩山さんと意見が合わず、6ヶ月で辞職する。

・2000年代半ば〜
海外に移住する。
カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの順で永住権を得る。
北半球と南半球でそれぞれ夏の間だけ滞在。

・2005年〜2016年
癌であることを告知。
以後、癌との戦いの日々となる。

たくさんありすぎて抜粋してみました。
この他にも万年筆のCM
「みじかびの きゃぷりてぃとれば すぎちょびれ すぎかきすら はっぱふみふみ」
(「はっぱふみふみ」の所だけ覚えてた)で流行語をつくったり、
夏の恒例番組「愛は地球を救う」の24時間テレビの初代司会者だったりと、
いろいろなことの先駆者でした。

そんな巨泉さん、めがねがトレードマークですが、
実はレンズが入ってなくコンタクトをして伊達メガネをかけていたようです。
これもまた、伊達メガネの先駆者だったようです​(笑)

こんなにも、いろいろな事業をして50代半ばで隠居し、
子どもや孫に恵まれ悠々自適の日々を過ごせたのはすごいですよね。
ラオウじゃないですけど「我が生涯に一片の悔いなし」って感じがします。

大橋巨泉さんのご冥福をお祈りします。

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